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イギリス法制度シリーズ① 「不文憲法」

前々からやってみたかったイギリスの法制度の紹介。
なかなか時間がなくてできてなかったけど,少しずつ,書いてみたいと思います。
完全に僕の主観によるもので,細かいことで間違っている部分もあると思うけど,
雰囲気だけでも伝えられて,興味を持ってもらえれば幸いです。






さて,今回はイギリスの憲法の話。
「憲法」は,国の在り方を定める根本的な法律で,
現在,世界中のほとんどの国はそれぞれの「憲法」を持っている。
けれど,イギリスは,古い歴史を持ち,長らく近代国家として君臨していたにもかかわらず,
「憲法」と名前のつく法典を持っていない「不文憲法」の国である。








「不文憲法」というのは,

「議会主権(民主主義)」,「法の支配」,「権力分立」,「表現の自由」…

といった,国家の統治に関する基本的な原則をいうものと解されていて,
政治をするにせよ,行政をするにせよ,裁判をするにせよ,
これらの基本原則を尊重して行動しなければならないとされている。
条文はないけど,守らなければならない暗黙の前提,といった感じ。
かなりふわっとしていて,ルールとしては弱いんじゃないかという批判もあるけど,
ふわっとしているだけに柔軟性があって,
時代の流れに対応することが容易であるというメリットもある。



なぜ,イギリスでは憲法が作られなかったのかというと,

「作る機会がなかったから」

多くの国では,国家の一大事の際に,しっかりとしたルールを作るために憲法が作られる。
アメリカでは,イギリスからの独立戦争後に合衆国憲法が作られたし,
フランスでは,フランス革命時の人権宣言が憲法の基礎となっている。
日本では,明治維新という革命後に明治憲法が作られ,
第二次世界大戦での敗戦というもう一つの革命的出来事の後に現在の憲法が作られた。



けれど,イギリスは,少なくとも17世紀の名誉革命の後,
大きな革命や大きな敗戦は経験していない。
そして,長い歴史の中で確立された基本的なルールが「不文憲法」になって,
時代の流れに柔軟に対応しつつ,連続性を保ちながら現在まで続いてきた。
イギリス人に言わせれば,

「明確な『憲法』がなくても,大きな道を踏み外すことなく今までやってこれた」

ということであり,多くのイギリスの人々はこの「不文憲法」を誇りに思っているのだという。






こんな「不文憲法」について,僕が非常に特徴的だなーと思ったのは以下の2点。


① 違憲立法審査権がないこと


多くの国の憲法では,議会の作った法律が憲法に違反するかを,
裁判所(又は特別の機関である憲法裁判所)が審査することができると定めている。
これは,議会(民主主義)に全てを任せると権力が暴走する危険があるので,
別の中立な機関である裁判所がチェックすることにより,
一定の歯止めをかけましょうという権力分立の発想に基づくもの。



けれど,イギリスの「不文憲法」の下では,伝統的には,
裁判所が議会の作った法律を憲法違反で無効であると判断することはできないと考えられている。
裁判所ができるのは,議会の法律を不文憲法の原則に沿うように解釈することだけで,
議会の判断に真っ向から逆らうことはできないとされる。
これは,選挙で選ばれたわけではない裁判官が,
議会の法律を無効とすることは民主主義に反するという発想に基づくもので,
裁判官は,基本的に政治に干渉すべきではないと戒められている。



この点は,アメリカの裁判官が選挙で選ばれ(最高裁判所判事は大統領が選ぶ),
国論を二分するような重大な問題(同性婚の可否など)について果敢な判断をし,
時には大統領令をストップさせてしまったりすることと対照的。
アメリカの裁判官に対する褒め言葉は,
「よい政治家(Good politician)」というものらしい。
イギリスとアメリカ,同じ英米法の国といっても,
裁判官に求められる役割は大きく異なっていることが分かる。



でも,裁判所が議会の法律をそのままスルーしてしまうとすると,
議会の暴走を止める人がいなくなってしまってやばいんじゃないの,
という疑問が当然に沸いてくる。
例えば,議会が裁判所の権限を縮小するような法律を作ってしまえば,
権力を独占できてしまって大変なことになるんじゃないか。



しかし,憲法学者によれば,国会議員があからさまな憲法違反行為をすれば,
対立する政治家やマスコミ,そして世論から憲法違反だという強い批判にさらされて,
次回の選挙で勝てなくなるおそれが強くなる。
だから,政治家はそういう行為を避けるはずであり,
選挙によるコントロールが働くんだとのこと。
議員を選ぶのが国民であれば,議員を止めるのもまた国民。
民主主義への信頼に基礎を置いた制度,とまとめることができる。



このように,
裁判所は議会の作った法律を無効とすることはせず,
憲法に沿うように解釈してやんわりと議会をコントロールし,
他方で,議会は,世論を刺激しないように,裁判所にあからさまな干渉はしたりはしない。
このように,議会と裁判所がお互いを尊重しながら,
過度に干渉しないようにする,というのが伝統的なイギリス流の権力分立モデルであり,
この繊細なバランスを保ちながら,長い歴史に耐え抜いてきたというのが,
「憲法を作らずともやってこれた」イギリスという国家の誇りなのだろう。



僕がお世話になった教授も,憲法の授業のときに,

「議会と裁判所が対立するような状況が国家にとって望ましいわけがありません。
このような状況を作り出さないようにするためにどうするかが重要で,
その方法を学ぶのが憲法の勉強なのです。」

というようなことを言っていた。(たぶん)
まさに,イギリスの憲法観を象徴した言葉だと思う。




② 極めて実践的かつ現実的


日本で憲法を勉強するときは,通常,第1条から始まって,
この条文の文言はどのように解釈すべきなのか,
この点につき裁判例はどういうことを言っているのか,ということを中心に勉強するけど,
実際に国会,行政府,裁判所の仕組みをどう作るべきか,
あるいは現状にどのような問題が生じていて,これを改善するためにどうすべきか,
ということについてはあまり勉強しない。
なんとなく,現実世界から距離を置いた机上の理論として論じられている気がして,
(特に統治機構に関する分野)
これが憲法学が現実の政治に影響力を持っていないことの遠因なのではないかと思われる。



他方で,上で書いたように,
イギリスの不文憲法はかなりざっくりとした内容で,
かつ非常に繊細なバランスを要求するものなので,
一つ間違うと,国家が危機的な事態に陥ることになりかねない。
だからこそ,不文憲法の原則をどのように解釈するかということだけでなくて,
どう実践するか,というのが非常に大切にされていて,
憲法の授業でも,統治機構の政策論に重きを置いた授業が展開される。



例えば,
民意をよりよく反映させるためにはどのような選挙制度を作るべきか,
肥大化する官僚機構に対して議会がよりよくコントロールを及ぼすにはどうすべきか,
といった,政治学や政策論に相当する内容を具体的に議論する。
憲法の内容がざっくりしている分,取りえる選択肢は多いから,議論も活発になる。
そして,多くの憲法学者は政治に精通しており,
現実に即した具体的な提案ができるので,
議会の委員会のメンバーになるなど,実際の政治の場面での発言力も大きい。



この議論の中で面白いのは,形式にこだわるのではなく,
実質を重視する現実的なイギリス人の考え方が大きく現れているところ。
例えば,つい最近(2009年)まで,イギリスには最高裁判所というものがなく,
貴族院議員である「法官貴族」という貴族達が最上級審としての裁判を行っていた。
また,この法官貴族のトップである大法官は,大臣として内閣にも所属していた。
これには長い歴史的経緯があるんだろうけど,
端からみると,大法官は裁判官でもあり,議員でもあり,大臣でもあるということで,
権力分立の考え方からすると,すごく違和感がある。



けど,イギリス人に言わせると,
大法官や法官貴族は,議会の審議には加わらず,
政治に干渉するわけではない慣習になっているので,権力分立の観点から問題はないのだという。
実質的に問題はないし,むしろ仕組みを変えるのに大きな時間と費用がかかるので,
そのままにしとく方がベターだと。そういうところがなんともイギリス的。



そんなイギリスにも,ついに独立した最高裁が2009年に設置されることになった。
その背景には,理論を重んじるEUからの圧力もあったと言われている。
でも,これで名実ともに司法権の独立が果たされ,めでたしめでたしとはいかなかった。



以前は,大法官という裁判所の内情をよく知る人が内閣,貴族院に影響力を持っていたため,
政府・議会の干渉から裁判所を守ることができていたのだという。
けれど,現在は,裁判所が議会,政府から分離されてしまったため,
議会,政府に裁判所の立場を代弁できる人がいなくなってしまい,
(現在の大法官は,裁判官ではないどころか,弁護士ですらない。)
かえって議会,政府からの干渉が大きくなってしまったのだとか。


「裁判所の独立を強くするために最高裁を作ったのに,
かえって裁判所の独立は弱くなってしまったんだ。なんとも皮肉なことだよ。」


とは,僕のお世話になった裁判官の言葉。
現実は必ずしも理論どおりに動かないということを思い知らされる。
そして,大切なのは理論そのものではなく,現実を改善できる理論だということも。
ここからどのように制度を修正していくのかが,
イギリス憲法に課せられた次の課題ということになるのでしょう。
このイギリス人の常に現実的な姿勢というのは,
とても新鮮に感じられて,大いに影響を受けたところです。





…初回から長くなってしまったー。
イギリス憲法は僕が留学中に研究していた主テーマの一つだったので,
まだまだ書き足りないことも多いけど,とりあえずこれで一区切りとします。
果たして次回はあるのか?笑
もし,ご意見,ご感想があれば,ぜひ教えて下さい!!



by flying049 | 2017-10-28 21:39 | 法律 | Comments(0)

1度きりの今、楽しく行こー!


by flying049
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